御先祖様の鼻くそ黙示録

鼻くそのように生きた感想を記す

ドキュメンタリーとはなにかを描いた傑作映画論映画『ライフ・アクアティック』

 以前よくわからんと感想を残したウェス・アンダーソン監督の『グランド・ブダペスト・ホテル』。さすがに一作で判断するのは早計かと思い、過去作を観ました。『ライフ・アクアティック』。

ぴんとこなかったウェス・アンダーソン『グランド・ブダペスト・ホテル』 - 御先祖様の鼻くそ黙示録

 

 結論からいうとかなり面白かった。というか美しかった。

 

 

 どういう話かといえば、海洋探検家兼ドキュメンタリー監督の主人公が、仲間を殺したサメに復讐するために再び海に出る。と書くと『許されざる者』みたいでかっこいいのですが、実際の本人といったらもうずいぶん落ちぶれたクソ感溢れるおっさん。仲間からの信頼も世間的な評価も底まで落ちてる笑いもの。ドキュメンタリーの手法も超絶ヤラセを仕込みまくってて、しかももうあざとすぎるだろっていう。そんで奥さんからも縁を切られるしであーあーあーあーって感じなんですね。

 主人公役はビル・マーレイ。このおっさんはほんとかわいいよね。ちょっとさみしそうな顔してるのが本当に映える。

 犬と別れるのが寂しいところとか結構笑えるコメディ要素も多々あって、楽しめます。自分も声を出して笑っちゃいました。

 あと音楽がかっこいい。まあ自分がDavid Bowieのファンっていうのもあるのですが、いいですねえ。銃撃戦でStoogesが流れたときも超テンション上がった。うひょーって。今もSearch & Destroyを聞きながら書いてる。

 

 まあそういうところもいいんだけど、すげえってなったのはやっぱり最後に仲間を殺したサメと遭遇するところ。 

 ドキュメンタリーってのの本質は「記録」だと思うんですね。観客に現実の記録を、実際に起こったことという前提で体験させる。自分はあまりドキュメンタリーに明るくはないけど、大きくは間違ってないのではないでしょうか。

 この主人公はさんざんうさんくさい演出が入りまくったドキュメンタリー(ドキュメンタリーって実際はそういうもん。というか演出を排除することは原理的に不可能)を撮りまくってたわけだ。

 そうやっていたところにラストでサメと遭遇する。主人公の目的は仲間の復讐のためにサメを殺すことだったはずです。しかし彼らはそのサメのあまりの美しさに目を奪われるのです。復讐のことなどとうの昔のことのように忘れてしまったかのように。美しさにはそういう魔力がある。

 サメは仕掛けたエサだけを引きちぎり去っていきます。

 呆然とする主人公。実はその呆然としている様子を写したものこそがドキュメンタリーのありうべき姿なのです。この『ライフ・アクアティック」という映画の中のあのシーンと、あの海洋探検家チームのドキュメンタリー映画があそこで見事にオーバーラップする。二層の構造がぴたっと重なる瞬間なんですね。それが本当に美しい。

 そのときの主人公の表情を見ていて思いました。もしかすると彼は過去にもこのような稀有な遭遇体験があるのではないか。それがあって彼のドキュメンタリーは評価された。ただそういう体験はめったに訪れるものではありません。評価を維持したい彼は仕方なくその体験を自らの手で演出しはじめ、やがてそれがバレ、名誉も富も失っていったのではないでしょうか。あのサメを見つめる表情からは、過去の感覚がぶわっとぶり返したような感情が読み取れます。実際んとこはどうか知りませんよ。ただ表情だけでそこまで想起させる監督の演出能力。素晴らしすぎるでしょ。

 

 自己言及的にドキュメンタリー、映画論的な構造を見せるだけでなく、それとマッチングした映像センスも素晴らしいですし、なぜ自分は『グランド・ブダペスト・ホテル』が合わなかったんだろうと思わずにはいられません。

 とにかく今作で世界中にたくさんのファンがいる理由ってのがはっきりわかりました。また『ファンタスティックMr.FOX』とか過去作品も観たら感想を書こうと思います。

 

ライフ・アクアティック』、傑作でした。